Narihiko YOSHIDA

CEO 吉田就彦のマーケティングウォッチ

2015.07.11

「二つの神楽に見る地方創生への課題」

※この文章は、6月24日付け「サンケイビジネスアイ」紙のコラム「高論卓説」に寄稿した内容となります。

先日九州で二つの神楽を観た。高千穂神社で行われた天照大神の岩戸の話の夜神楽と
湯布院公民館で行われた天照大神が葦原中津国を平定する「二草」などの由布院温泉神楽~月一の奉~」である。
現在、安倍政権の目玉政策のひとつとして取り組まれている地方創生のあり方にあまりにも示唆を与える二つの神楽の違いだったので、あえて比較してみたい。

由布院温泉の素晴らしさと高千穂の残念さが際立ったものの第一としては、そのエンタテインメント性の違いである。
ともに観光資源としての役割が大きいわけだから、ともかく客を楽しませるエンタテインメント性はもっとも重要な要素である。
十分に楽しめた由布院と物足りなさを感じた高千穂。
地方創生というと地域おこしの側面が大きいと思われるが、それはけして地域の自己満足で終わっては達成せず、外に開いていることが不可欠だ。

第二はそのメンバー編成。
小学生、中学生から年配のベテランまでで構成されている由布院に対して、
高千穂のほうはお年寄りががんばってはいるもの、次世代をフューチャーしている由布院と比べると寂しい印象だ。
年代を繋ぐ仕掛けと工夫が必要なのは地域創生の重用課題だ。

そして、第三に余興の違い。神楽の合間や前座に行われる余興が全く異なる。
高千穂では「夜神楽せり唄」をリーダーがソロで披露したが、
由布院では「ゆふいん盆地ボーイズ(女性2名含む)」なる由布院温泉旅館組合の面々が集団で歌って踊る。
ともに歌は微笑ましくそこそこではあったが、その取り組みへの姿勢ともてなそうとする思いの違いは集団の力も加わってまったく異なった。

このように、私はこの二つの神楽の違いの中に、現在抱えている地方創生の課題と難しさを見る。

ひとつは、地方に残る伝統や歴史の古さだけでは勝負できないということ。
昭和初期に結成された由布院神楽座は、明らかにスピード感や激しさなど現代的なエンタテインメント要素が含まれていて、観る者を飽きさせない。
勿論文化的な背景をしっかり押さえることは前提だが、ただそこにありさえすればいい歴史的建造物等とは異なり、
人が介在する文化を今に伝えることは、現代的に顧客のニーズを吸収するマーケティング2.0的な工夫による再構築が必要であるということ。

第二に、世代間の継続性と互いの切磋琢磨が必要であるということ。地域の次世代を含め互いが切磋琢磨して高め合っていく環境が必要であり、地方にとっては次世代に繋ぐ地方創生のあり方が不可欠だ。当然少子化問題とセットではあるが、観光立国として成功しているバリ島の伝統芸能のあり方が参考となろう。

最後にリーダーの存在だ。今後もっとも重要な地方創生産業となる観光産業を輝かせるにはその地域に根差す強力なリーダーシップと思いの強さが不可欠である。
様々な問題を乗り越え未来を描くリーダーがそこにいなければ地方創生は成らない。

その昔地味な湯治場であったという由布院温泉は、先達の努力で現在は軽井沢を思わせるような巨大な観光産業の集積場となった。
方や、神話の町であることだけの高千穂は少子高齢化をもろに受けて様々に苦しい事情があるのかもしれない。

しかし、もしそうであれば高千穂はその観光の根幹要素である神楽のクオリティは妥協してはならないのではないか。
それは観光的死を意味する。
これからの日本はその地方にしかないものを未来志向で再構築していくことが不可欠なのだ。それが地方創生の鍵である。

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