Narihiko YOSHIDA

CEO 吉田就彦のマーケティングウォッチ

2015.05.29最新社会トレンド

21世紀のビッグデータを考える④ 最終回

「21世紀のビッグデータを考える」について書いてきましたが、今回が最終回となります。「ビッグデータと暗黙知」「ビッグデータと未来」について書いてみたいと思います。

<ビッグデータと暗黙知>
ビッグデータを紐解くときに重要な視点のひとつは、まだ顕在化していないモノをいかにそのデータ分析に活かすかということです。

「21世紀の資本」の著者であるピケティ教授は、これまでの経済学者としての研究の中で、アメリカの経済学者たちが言っていることに疑問を持ち、その根拠となるデータを拡張したことで「21世紀の資本」に書かれているような新たな事実を炙り出すことに成功しました。

ピケティ教授は経済学者たちが長年科学的と称する手法を使いすぎ、数学モデルの過剰な使い過ぎがしばしば歴史の無視に繋がり、その歴史から学ぶことを阻害しているのではないかと指摘しています。

「21世紀の資本」で冒頭にありこれも有名になった経済学は社会科学の下位分野で、歴史学、社会学、人類学、政治学と並ぶものと考えている教授のスタンスの表れです。要は経済理論ばかり振りかざして実際の現実を見ずに理論構築に走るのではなく、もっと現実主義的になり世の中を見ていくのが経済学の使命だというわけです。
その中でも人間の営みの集積体である歴史には学ぶべきものが多いと言っています。

そんな人間のなかなか表に出てこない暗黙知に着目してマーケティングにデータを活用した例が、マーケティングホライズン3月号に寄稿された認知科学者である尾中謙文氏の「ビッグデータの先には何があるのか」の論考です。
社会から多くの暗黙知を呼び出し、その暗黙知を探ることを目的に開発されたマーケティングツールが扱うデータはいわゆるビッグデータではないとしながらも、氏の人間の行動を司る認知科学の観点から、これからのビッグデータの扱いはかなりウエットな人間の暗黙知的な要素が大きなカギになると指摘しています。
この人間的な暗黙知というものは、ピケティ教授のいうところの歴史に通じるものです。

同号では、マツダの佐崎幸司氏からは、「モノ造り革新によるSKYACTIVエンジンの実現と、ビッグデータの活用による更なるお客様価値追求」と題して、全社的な一気通貫の考え方の元、生産ラインから得た厖大なデータから割り出した改善により、顧客ひとりひとりの満足に繋がるエンジン生産の努力の話が寄稿されています。

「コモンアーキテクチャー構想」「フレキシブル生産構想」という新しい概念を導入し、単なる生産性ではなく「走る歓びと優れた環境性能」を両立するために、データに裏付けられた理想のエンジンへの改良の取り組みが、いかに顧客の満足に結びつくかという挑戦が披露されています。
しかも、通常は変更が難しい生産ラインの中で、理論ではなく現場のちょっとしたラインの改善などの積み重ねによる改革姿勢は、ピケティ教授がいう経済学の使命とよく似ており、ビッグデータを扱う際の心構えとでも言うべきものでしょう。

<ビッグデータと未来>
「21世紀の資本」の中でピケティ教授が書いていることに以下の様な一節があります。

「21世紀の資本」の唯一の目的は、過去からいくつか将来に対する慎ましい鍵を引き出すことだ、と。

慎ましいと書くところが実にピケティ教授らしい表現ですが、そこにはビッグデータを積み重ねて分析して得た未来への確信があり教授の強い決意が感じられます。

「21世紀の資本」では格差が広がる今の世界に対して、革命などの取り返しのつかない資本主義の崩壊を招かないために、その危機感とともにひとつの処方箋が示されています。
それは、富める資本に対する年次累進税の導入です。
難しいのは、この処方箋が高度な国際協力と地域的な政治統合を必要とすることだとも指摘しています。

マーケティングホライズン3月号で、経済アナリストの中原圭介氏の論考「ビッグデータの賞味期限はせいぜい5年だろう」でも、データそのものやそのデータ分析を生業とする企業やそれを利用する会社に対して、ビッグデータを過信するのではなく将来の動向を洞察する力を養うべきと警鐘を鳴らしています。
つまり目先のデータに溺れるのではなく、データや様々な事柄から未来を引き出せる人材や組織を構築することの方が企業にとって重要であるとの指摘です。
データを分析してなにに使うのか、もしくはデータを何のために扱うのかという大きな命題を突き付けているわけです。
(尾中氏、佐崎氏、中原氏の寄稿にご興味がある方はマーケティングホライズン3月号をご覧ください。)

ピケティ教授は、「21世紀の資本」の中で自分が問題提起した格差を解消する処方箋があるといい、それを指摘するために膨大なデータを示してみせてその本質をメッセージしようとしました。
これからの未来に対して「私は悲観していない」といい、平等と資本主義は矛盾しないと言っています。

データの説得力を持ち未来に対しての方向性を示す事、
それがまさにビッグデータ分析に真に望まれるスタンスなのだと考えます。

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